すべてをあきらめるって事は
全部手放すって事は
愛してない訳ではないよ
「私」という小さな1人の個人を
思いっきり越えて見た時に
「私」は何よりも何よりも
健気で愛おしい存在となる
すべてを手放して
あきらめて
全部幻だったと見抜いた時に
自分という物語を癒す
という事は
自分という物語を手放す事だ
自分が自分にかけた
呪いや誤解をほどいて
真実に近づいていく事だ
真実はいつもフラットで
ある意味
淡々としていて
個人の視点で見たら
面白くないかもしれないね
決して
私個人にとって
都合の良い解釈ではないし
特定の誰かにとって
都合の良い解釈でもなくて
そのすべての枠組みを放って
手放してみて
そうしたら全部が
光の粒のダンスだと分かる
ほんとうのことは
なんにも分からないまま
ただ
あたたかい
光の波間に漂っているだけだ