感情のセルフケア

 
 
マイナスの感情に苦しめられている時って 
 
多くの人が 
・我慢する
・平気なフリをする
・(負の感情の原因の)相手を攻撃する 

などの行動を取りますが 

だいたいね
我慢してもダメですね(経験談) 

あとで爆発する地雷を 
せっせと
埋め込んでるようなもんですよ 

平気なフリをする 
(見ないフリ
そんな負の感情などないつもり) 

これも、残念ながらダメです 

こういう 
自分の感情を無視するような事をしてると 
 
だんだん 
喜びやら 
幸せやら
楽しいなども 
分からなくなっていきます!(経験談) 

「原因となった相手を攻撃する」
これも殆どの場合
単なる八つ当たりです
 
いやいやアイツが悪い!
だって○○したから!
○○しなかったから! 

など、自分としては 
相手に原因があるって 
深~く信じちゃってるんだけど
 
実際には、相手の言動は 
単なる刺激、キッカケ、トリガーに過ぎないんです
 
自分の内側に地雷があって 
それを刺激されただけなんです 

 
だいたいね、
もし万が一、相手にホントにホントに原因があるとして
 
相手を  
「私の地雷を刺激しない言動をする人に変える」
とか
「自分にとって理想の人に変える」 
とか 
無理なわけじゃん?
  

 
だから自分の感情は 
自分でケアしてあげましょう  
 


小さい子どもなら 
母親がなだめてくれたかもしれないね  

(なだめて貰った事など 
ないかもしれないですね
なだめて貰った事がない元・子どもほど 
自分の感情のセルフケアが苦手です!経験談。笑) 
 

我々はもう大人だから 
 
無条件の愛情をくれる母親という 
偶像を求めるのはもう卒業して
 
自分で
自分の
感情、感覚、気持ち、を 
丁寧に
なだめてあげる必要がある
 
それは 
小さい頃なだめてもらえなかった自分を
本当の意味で救う事です
 
 

【完璧】を目指すのを辞める

【完璧を目指すのをやめよう】
 
「普通でいいのに」
と言いながら
 
無意識のうちに 
多くの人が 
「完璧」を目指してる 

それはでも 
無意識のうちに
目指してるのは
「普通」じゃなくて 
「ほぼ完璧」なんだよね 
 
 
「普通でいい」の
普通のランクが高いんだよね 

親にも 
 
親戚にも 
 
友人にも 
 
会社の人にも 
 
夫の実家にも 
 
夫の職場の人にも 
 
知り合いにも 
 
世間の人にも 
 
なんなら
世界中のどこの 
誰から見ても 
「うん、そうだね、普通に良い感じだね」 
と思われるくらいの
「普通」を目指してるんだよね  

もちろん
無意識のうちに。 
 
 
だから、無意識に目指しちゃってるから 
まさか自分が完璧を目指してるなんて 
自分でも気づいてない 
 
だけど 
誰が見ても、どこから見ても 
「うん、良いね」を目指してるなら 
それはもう完璧を目指しちゃってるんだよね 
 
皆さん
ハードルは低く、低く、 
生きてるだけで凄いんだ!!!!
ぐらいでいきましょーーー(大真面目に言ってます) 

 
 

 
 
 

いつもよりもう少しだけ

【自分に優しくしてみよう】  

いつもよりちょっと多めに 
自分に優しくしてみよう 
 
いつもよりちょっと甘めに 
自己評価をしてみよう 
 
いつもよりちょっと 
自分を可愛がってあげて欲しい  

ちょっとで良いから 
いつもより自分を
良い気分にさせてあげよう 

……と、思ってふと振り返ってみると 
 
案外まだまだ私も  
「まぁ私にはこの程度で良いでしょう」 
を、やっている事に気づく 
 
「私はこのぐらいで我慢しておくべきでしょう」
を、やっている事に気づく 
 
もっともっと 
最高に… 

と一足飛びがもし難しい場合は
(慣れてないと難しいです)  
 
あとほんの少しでも良いから 
あと3秒でも良いから 
あと一ミリでも良いから  

「あー幸せー」とか 
 
「あー気持ちいいー」とか 
 
「あーこれ美味しいー」とか 
 
「あーこれ好きだなー」とか 
 
そんな瞬間を増やしていこう
 
私は私に優しくしてあげる 
私は私に
あなたはあなたに 
それで良いんだ 
 
何度でも、意味がなくても、分からなくても。 
 
 
 

立派な人にはなれない

【諦めた方が良い …かは分からんです!けど 
諦めた方が断然、ラクではある】
 
 
私はですね 
最近はもう 
立派な人になる事は諦めてます
 
素晴らしい人になる事は諦めている 
 
 
いわゆる 
「1日中、なんもせず 
ダラダラ過ごしちゃった」  
とか 
「オヤツ食べ過ぎて太っちゃった…」
とか 

そういう
他人様から 
ともすればバカにされそうな
あんまり良くないよと 
たしなめられそうな事をしていても
 
 
自分を酷く責めるのは 
もう辞めてます
(ダラダラ過ごす日もあるよ)
(食べすぎる日もある)
  

そもそも私は多分 
そんな立派な人間じゃないから
 
こんな日もあるって事を 
もうサッパリ認めて  

 

「なるべく毎日を充実して 
運動して 
家事をして
仕事もして 
家族や 
友人 
多くの人とコミュニケーションを取って 
生産的に過ごすべきだし   
 
 
(恋愛や育児や家族計画、
人生計画なども 
しっかりと考えて進めるべきだし)
 
効率的な休息も取って   
満ち足りた 
平安な 
空っぽな時間も持つべきだし
その一方で 
趣味や好きな事などにも精を出して
人生を豊かに過ごすべきだし
そうしてる人が偉いのだし 
そこに向かって努力すべきだ」

 

という事に関しては
もーー 
書いてるだけで疲れちゃいそうなので 
諦めています 
 
 
立派な人になるために 
満足できる人生のために 
愛する人に愛されるために 
豊かでヘルシーで 
満ち足りた生活のために  
未来の子ども達の為に 
この美しい地球を守る為に
 
 
頑張る人の事は素直に尊敬してるけど 
 
どうやら 
あんまり誇れる事でもないけど
私はそんなに立派な人間ではないようだ 
 
 
とりあえず私は 
まずは私個人を赦し愛することが大切で 
 
その後、 
自分が満たされてから 
やっと 
周りの人に愛を配るタイプなのだと思う


この順番間違えると 
周りを恨む事になるから 
そこはお気をつけくださいませ…  

 
周りの人より自分が 
劣ってるように思えても 
OKだよ 
案外気にしてるのは自分だけ 

あらゆる解釈を見つめる

すべてをあきらめるって事は 
全部手放すって事は 
愛してない訳ではないよ 

「私」という小さな1人の個人を 
思いっきり越えて見た時に  
 
「私」は何よりも何よりも 
健気で愛おしい存在となる
 
すべてを手放して 
あきらめて 
全部幻だったと見抜いた時に 
 
その幻が 
何よりもかけがえのない 
尊い光の雫だったと分かる 
 
 
自分という物語を癒す 
という事は  
自分という物語を手放す事だ
 
 
自分が自分にかけた 
呪いや誤解をほどいて
真実に近づいていく事だ
 
真実はいつもフラットで 
ある意味 
淡々としていて 
 
個人の視点で見たら 
面白くないかもしれないね 
 
 
決して 
私個人にとって 
都合の良い解釈ではないし
 
特定の誰かにとって 
都合の良い解釈でもなくて
 
そのすべての枠組みを放って 
手放してみて 
 
そうしたら全部が
光の粒のダンスだと分かる 
  

 
私たちはみんな 
全員が夢を見ながら 
ほんとうのことは
なんにも分からないまま
 
ただ 
あたたかい 
光の波間に漂っているだけだ

ちゃんとしなくて良いよ

 
(紅葉が好きです)

みんな、何となく心のどこかで
 
自分以外の大人はみんな 
 
「もっとちゃんとしてる」 
「もっとしっかりしてる」
 
と思ってるんでしょう?
 
1ミリもそんな事ないから! 
(私を含めて、ちゃんとしてない人いっぱい居ます~) 
 
ご安心ください!
 
1枚皮をめくれば底なしの 
トンデモ案件はそこら中に転がっています 
上を見ても下を見てもキリがないよ! 
 

「わかって欲しい」

私たちっていつも 
どーーしようもなく 
「分かって欲しい」 
(愛しい)生き物だ。 
 
時に痛々しいほどに。
 
私はこう思ってる
こう感じてる
過去にこんな経験があった 
こんなに苦しかった
こんなに楽しかった
こんなに…
 
誰かに分かって貰えた!
分かち合えた! 
その甘やかさ、充足感と同じか 
それ以上に 
ほんとに落ち着くことがあります。
 
それは 
・あなたがあなたを見てあげること
 
幸せなことは 
シェアしやすいね。
 
当たり障りないくらいの 
「良かった事」なら 
誰にでも言えるね。
 
だから 
「言えないこと」についての話をしよう。 
 
傷ついたり 
 
誤解されたり 
 
ショックを受けたり 
 
悲しかったり 
 
そう簡単には 
人に理解されにくい事柄の話をしよう
 
 
傷つきやすいあなたの話は
大いなるあなたに聞いてもらおう
 
この世で1番あなたを心配して 
愛して
ゆるして
何があっても味方でいてくれる 
 
大いなるあなたに 
受けとめてもらおう

なぜセラピーをやってるの?なぜEFTをやってるの?

 
  

「なんでセラピーをやってるの?」 
「なんでEFTをやってるの?」
  
 
(私が使うセラピーのツールは、厳密にはEFTだけではないのですが、 
「身体に残っている感情のエネルギーに働きかける事」は、常に重視しています) 
 
なぜEFT(感情解放テクニック)のプラクティショナーコースをやるのか? 
 
それは、自分を制限する思い込みや、苦しい思い込み(ネガティブな投影)や、 
ネガティブな感情(トラウマを含む)から、 
フラット(ゼロ地点)に戻るために使いやすいツールだから。  
 
もう少し言うと 
 
「余分な精神的荷物を降ろして、ラクに生きていきたいから」 
(はい、実はこう見えて、我慢しがち、ため込みやすい体質なんです。笑)  

ちなみに、セラピストとしてEFTをやる理由としては 
「使いやすい・使えるツールだから」 
「(クライアントさんにビフォーアフターを)実感してもらいやすいツールだから」  
「(私の感じる感覚として)意味不明な点(納得いかない点)がないから」
です。 
(これ3つともかなり大事…)
 

 
↑このタッピングのポイントを、指でトントンと軽く叩いて、深呼吸するだけですから。 
とってもシンプルなんです。 
 
あ、もちろん、ツールは、ヒーリングなどでも良いんです。 
(コーチングでもゲシュタルトでもNLPでも占いでも良いんです。) 
占星術でもタロットでもキネシオロジーでも、 
究極、「ツール」はなんでも良いんですけどね。 
  
EFTの場合は、 
・使う道具は指二本だけ  
という、手軽さもポイント。 
 
(個人的には精油を使ったセルフケアも大好きなんですが、当たり前ですが 
精油が手元にないと…何もできないので…) 
 
私たちが「ストレス」「心の傷」を癒したり、 
過去を本当に乗り越える(統合する)ためには 
身体、というか、ボディフィールドに溜まった「ネガティブな感情」を 
流して解放してあげる必要があるから。  
 
もうね、 
「我慢する」 
「忘れる努力をする」 
「気にしない気にしないと言い聞かせる」 
「理論的に、『こうこうこうだから仕方ない』と自分を納得させる」 
「(無理やり)前向きに考えようとする」
という、幼少期から人生の前半に使っていた処世術だけでは、 
行き詰っちゃってたんですよね。 
 
どうにも、(セラピーを学ぶ前は)生き苦しかったし、 
潜在意識のセルフイメージはどん底にネガティブでした。 
 
表面的には「いや私だって普通の範囲でしょ?そこまで悪くないですよね?」 
とか思ってましたけど
内心、というか、潜在意識ではマジでどん底の自己価値でした。 
自分の事、潜在意識では 
幽霊(※)とかゴミみたいな存在(※)だと思ってたし。 
※↑後に癒しの旅路で出てくるセルフイメージ。  
  
まぁ、過去の私みたいに 
どん底セルフイメージ持ってたら 
それだけでもう、何も表面的には問題が起こっていなくても 
ちょっとした事をネガティブにとらえちゃうし 
必要以上に傷つきやすいですし 
ずっと苦しい世界観な訳ですけれども、 
 
また、そこまでのどん底自己価値…なんてのが無かったとしても、 

なにか問題が起きた時 
ツライ事があった時、
ストレスがかかった時、 
 
「苦しいネガティブな感情」が、体感として残ったままだと 
次のステップが軽やかに動けないんですよね。 
 
なので、その時生まれたネガティブな感覚や感情を 
「無理なく、自然に、フラットに戻してあげる」スキルは、 
生きやすさに繋がるというか、役に立つんです。  
 
誰かが優しくケアしてくれるのを待つのではなく 
偶然ラッキーが起こって気分が晴れるのを待つのではなく 
 
「自分で自分の感情をケア出来る」 
という感覚は、私たちに土台の安定感もくれます。 

 
 
そうやって軽やかな足取りで人生に取り組んでいけたら、ラクですよね。 
 
 
5月週末都内開催EFTプラクティショナーコース 
(こちら満席となりました。ありがとうございます!)  
少人数で行う、都内で3年ぶりのリアル開催のEFTプラクティショナーコース。 
2023年 5月13日(土)&5月14日(日)&5月21日(日)の3日間です。   
10:00~17:00 (開場9:45~) 
(開催場所は都内文京区のレンタルサロンです。お申込み&お振込みいただいた方に詳細メール致します) 
 
タイミング合う方、お待ちしております。 
 
3日間みっちり、一緒に自己愛を深めていきましょう。


絶望した後に本当の平和がやってくる

近所の公園の葉牡丹♪

【絶望した後に本当の平和がやってくる】
 
  
私は怒っていたので…
 
 
怒っている事にすら 
まったく気づかないまま  
誰にも悟らせないまま 
平気な顔をして…
 

そうやって自分さえ徹底的に騙しきって 
ずっとずっと怒っていたので 
 
 

はち切れて爆破して 
どうしようもなくなっても 
誰かに当たる事は出来ない。
 
 
それ(八つ当たりね)が出来る人を見ると 
ビックリして
コドモっぽいよね、 
と、したり顔で批判しつつ
 
 
実のところ 
羨望の眼差しで見てしまうくらいだ。
 
 

密かにずっと怒っていた時というのは  
実は 
「誰かなんとかしてくれよ」
と、願っていたんだろう。
  

めちゃくちゃ怒っているのに  
改善の為に立ち上がる事が出来ない時は 
  
 

誰かの被害に遭っている訳ではなくて
私が私を 
勝手に 
「無力」に仕立て上げている時だ。
 
 

初めて 
 
 
「あぁ 
自分でどうにかするしかないんだ」 
「誰かが何とかしてくれる訳じゃないんだ」
と分かる時というのは、
 
 
それは全く悲しい事じゃなくて
むしろ…
 
  
自分に力を取り戻す 
光のプロセスであった事に気づく。
 
 
 
無力感や 
犠牲者感や 
被害者意識の底に 
 
 
いつも眩い光がある事に気付く。
 
 
あなたも 
あの人も 
私も 
 
 
大丈夫だと分かっておこう。

私は私を、あなたはあなたを

2年前に、FBに投稿した内容ですが、こちらにも転載しておきます。 

 

私たちは子供の頃  
親に
「気持ちを受け止めて」もらっていただろうか? 
 
衣食住 
教育 
各種お世話はして貰っていたとしても
でも気持ちは受け止めて貰っていただろうか?
 
その事を思う時 
かなりの確率で私たちの多くが 
大なり小なり
「感情的ネグレクト」の傷を持っているのではないか…と思う。
 
そして同時に
「親は、子供の頃、
親の親に、気持ちを受け止めて貰っていたかな?」
 
きっと 
そんなに「それ」をして貰ってる人は多くない。
 
さあ 
私たちはどうする?
 
先祖代々の傷をどうする?
 
多分、親は悪くない。
親の親も悪くない。
 
どこから始まったかなんてわからない。
この連鎖をどうしよう?
 
私は 
私が私を抱きしめてあげようと思う。
 
それは  
いつか誰かが
自分より小さい子を抱きしめる時の糧になるだろう。
 
いつかあなたが 
あなたの小さい子や 
子供の頃のあなたを 
抱きしめる時の糧になるだろう。
 
伝え方が不器用だっただけの
本当はそこにあった愛を  
魂が思い出せるように。
 
伝わりますように。
 

2年前の夕陽